EIC地震学ノート No.161+              Jan 28, 05 
                               東大地震研究所 

◆遠地実体波解析改訂版(暫定解)◆ --------------------------------------

12月26日のインドネシアの地震(Ms9.0)

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● この地震から1ヶ月以上が経ちました.津波による死者も20万人を越えたと いう,本当に未曾有の被害地震になってしまいました.私もこれまでこのような 巨大な地震の解析を行ったことがなく,未だ試行錯誤を続けている途中です. 津波の調査もかなり進み,津波シミュレーションも行われています(たとえば 海洋研究開発機構 ).それによるとEIC地震学ノートN0.161に載せた560km程度の断層長では インド洋の津波の説明はつかないようです.もっと長い断層が必要,となると 解析に使う地震波形ももっと長い時間を使う必要がでてきますが,そこには我々の 計算では計算できない反射フェイズ(たとえばPP)が含まれ,解の正確さを欠くおそれがあります. が,期待される反射フェイズよりも大きな波が見られることから,今回細かいことは 目をつぶって思い切って解析をしてみることにしました.

●データ処理: IRIS-DMCから収集した広帯域地震計記録(P波上下動38観測点)を 用いて解析しました.メカニズムは前回の解析でほぼ求まっているので今回はP波 のみを用いました.またグリッドサイズもこれまでより大きくしました.

●結果: 結果を図1に,波形の比較を図2に示します。 主な震源パラメータは次のとおりです.

 走向、傾斜、すべり角 = (340, 8, 112)
 地震モーメント  Mo = 3.5 x10**22 Nm (Mw = 9.0)
 断層長      L = 約850km
 破壊継続時間(主破壊) T = 360 s
 食い違い       Dmax = 8.9 m

●解釈その他:大きくすべったところは大きくわけで3カ所,破壊開始点付近に 1つ,破壊開始点から150kmほどのところが2つ目,3つ目は600km近く離れた ところであったと思われます.全体からみると1つ目はとても小さく見えますが これでもマグニチュード8程度あります.いかに2つ目,3つ目が大きかったか がわかって頂けるでしょう.
これまでこの付近では1941年,1881年,1861年,1907年, 1833年にそれぞれM7.5-8.5程度の地震が起こっているようです.1881年の地震 については津波の記録があり,Ortiz & Bilham (2003)が解析を行っていますので 震源域,規模は比較的よくわかっています.が,その他は揺れや津波の記述が 残っているだけで正確な震源域はわかりません.1861年の地震ではスマトラ島 北部,マレー半島で揺れを感じていること,津波が起こっていることから スマトラ島北部の海域が震源であると思われます.今回の地震のアスペリティB がこの1861年の震源域,アスペリティCが1881年の震源域であったかもしれません. もしこれらの地震の再来地震が今回の地震であったとすると推定されるすべり量は この付近での沈み込み速度は6cm/year程度であることから 6cm/year x 143 year = 8.6m となります.
隣り合うアスペリティが連動して破壊する場合,単独ですべった場合より大きく なると言われています.ちなみに1881年はMw7.9, 1861年はMw8.3-8.5と言われています.

今回求まったMwは9.0. ハーバード大によるCMT解もMw9.0,阿部氏による津波 マグニチュードは9.1でした.このことから今回の地震は『津波地震』(瀬野氏による解説または防災科技研の解説)というよりは 1960年チリ地震や1964年アラスカ地震のように巨大な地震であったために津波が 大きくなったのではないかと思います.ただ,波形をみると500秒程度の長周期 成分も見えます.これらについては今後検討していきたいと思います.

図2:コンターは今回の地震のすべり分布(3m以上すべったところ).コンター間隔は1m. 赤丸は余震(USGSによる).

                            (文責:山中)