3.3 地震予知のための手法と技術の開発

3.3.1 地殻活動予測シミュレーション手法の開発

 本研究計画は、観測を通じて地殻および上部マントルの現在の状態と活動をリアルタイムで把握し、その情報に基づいて大地震の発生とそれに至る一連の過程を定量的に予測する総合システムを開発し、その実効性の検証を行うことを目的としている。この目的を達成するには、テクトニック応力の蓄積から破壊核の形成を経て大地震へと発展し、それが地表の強震動となって現れるまでの全物理過程の解明(実施項目3.1)と、それらの物理過程に伴って現れる種々の地殻活動現象を捉えるための常時観測網の整備(実施項目3.2)に加え、これまでの研究を通じて蓄積されたデータと知識を総合し、常時観測網からのリアルタイム・データを解析・同化しつつ大地震の発生に至る一連の過程を定量的に予測するためのシミュレーション・システムを開発する必要がある。
 予測シミュレーション・システムは、以下に述べる地殻活動予測シミュレーターと総合データ・ベースおよびデータ解析・同化システムの3つの部分から成るが、それらは実施項目3.1の基礎研究の進展および実施項目3.2の常時観測網整備の進捗状況に応じて逐次高度化され発展していくものである。

(a) 地殻活動予測シミュレーターの開発
 地震予知の対象である大地震は、プレート境界やプレート内主要活断層などのよく発達した既存の弱面で発生する不安定すべりである。大地震の発生サイクルは、プレート間相互作用に起因する震源域でのテクトニック応力の蓄積、地震発生の準備段階としての破壊核形成域での準静的な応力解放とその周辺域での応力集中、地震発生時における震源断層域での応力解放とそれに伴う地震波の放射、そして地震発生後の粘弾性的アセノスフェアの応力緩和が弾性的リソスフェア内に引き起こす応力再配分および断層の固着に伴う強度回復の一連の過程から成る。地震サイクルを構成する諸過程は互いに密接に関連しているので統一的に扱わなければならないが、それらの時間的・空間的スケールの著しい違いにより、一つの枠組みの中でモデル化するのは難しい。そこで、中長期・広域の地殻活動を対象とする日本列島全域規模のベースモデルに短期・局域の地震発生準備過程および地震発生−波動伝播過程を対象とする地域規模の2つのサブモデルを入れ子にした階層構造モデルとする必要がある。
 このような基本的考えに従って実際に予測シミュレーターを構築するには、先ず日本列島域規模および各地域規模で地殻および上部マントルの弾性的・粘弾性的構造と既存の弱面の3次元形状をモデル化し、次に地震サイクルの一連の過程を記述する基礎方程式の統一的な定式化を行い、更にその基礎方程式を離散化して効率的に解くための数値計算アルゴリズムを開発しなければならない。地震が発生する場としての地殻・マントルの構造と物性に関しては、特に下部地殻の流動特性並びに活断層の深部構造がモデル化を行う際の重要問題である。また、地震発生過程を記述する基礎方程式に関しては、特に断層帯の微視的な物理・化学過程の巨視的積分表現である断層構成則の環境パラメーター依存性およびスケール依存性の定量化も解決しなければならない問題である。

(b) 総合データ・ベースの整備
 地殻活動予測シミュレーターの開発は、先ず基本となる素過程を有機的に統合してプロトタイプ・シミュレーターを組み立て、次にプロトタイプ・シミュレーターを試験的に走らせて過去の一連の地殻変動や地震活動を説明できるよう種々のパラメーターを調整し、最後に常時観測網からのリアルタイム・データを解析・同化して将来の地殻活動の定量的予測を試みるという具合に、3段階に分けて行う。プロトタイプ・シミュレーターの組立とパラメーターの調整は、これまでの研究を通じて蓄積された膨大なデータと知識を総合して行われる。したがって、その基礎となる全てのデータ、具体的には地殻および上部マントルの弾性的−粘弾性的構造、プレート境界およびプレート内主要活断層の3次元形状、地形、重力異常、地殻変動、地震活動等に関するあらゆる情報を、統一形式で整理した総合データベースとして全国規模で整備する必要がある。

(c) データ解析・同化システムの開発
 予測の対象である地殻活動は非線形性の強い現象なので、たとえシミュレーション・パラメーターの初期値の設定が適切に行われたとしても、予測の精度は時間の経過とともに極端に低下していく。そこで、常時観測網からのリアルタイム・データを解析・同化することにより、次の時間ステップの地殻活動現象を予測するための初期パラメーターの値を逐次更新していくシステムの開発が必要である。このような解析・同化の対象となる観測データとしては、現在のところGPSあるいは体積歪計や傾斜計などの観測網からの地殻変動データと地震観測網からの地震活動データしかないが、近い将来にはSAR観測システムによる地殻変動データやアクロス観測システムによる地下状態変化のリアルタイム・データが、更に将来的には地震発生直前過程に関連する種々のリアルタイム・データが利用可能になると期待される。