(B) 海域大地震の準備過程

<はじめに>
 日本近海域で発生する大地震のうち、大きな被害をもたらす地震のほとんどはカップリング率ほぼ100%のプレート間地震であるが、中には、津波地震(例:1896年三陸沖)や非地震性すべりなど、いろいろな時定数をもった断層すべりも含まれる。また、海溝軸よりも海側で発生する海洋プレート内部の地震(例:1933年三陸沖)、沈み込みプレート内部の破壊(1994年北海道東方沖;1993年釧路沖)、日本海東縁部で発生する地震(1983年日本海中部;1993年北海道南西沖)のように他の型も含まれる。
(研究の現状)
 プレート間地震は、内陸の大地震の場合と同じように、同じ場所で繰り返し発生し一種の地震サイクルをもつ。このサイクルの再来期間は百年のオーダーであり、内陸の地震より1桁小さい。これまでの観測・実験に基づく定性的なシナリオは、「地震発生〜1年程度以下の時定数の余効変動〜固着・応力の高まり〜非地震性すべり、数年程度の流体移動・粘弾性挙動、強度・応力の揺らぎ〜プレスリップ等の直前過程〜地震発生」といった地震サイクルである。これを定量化し、あるいは、それぞれの現象が一般的に存在するかどうか検証する必要がある。
 残念ながら現段階では、先行現象の報告例をもとにして地震予知に適用できるような一般的な経験則も因果法則も生み出すに至っていない。その理由として、決定的に重要な震源域への接近による原因追究が、観測上難しいことがあげられる。
 これまでの海域の地震予知研究では、陸上での観測データから断層パラメーターや地殻活動の把握を行ってきた。地震の前兆と考えられる地殻変動の測量は東南海地震の際に観測され、プレスリップによって説明された。また、プレート沈み込みの幾何学はテレメータ観測により飛躍的に詳しくなった。一方、海溝から沿岸部の幾何学、構造、地震分布を把握することの重要性に鑑み、観測を海域に伸ばす努力を行ってきた。その結果、多数の海底地震計(OBS)を小さな船からでも投入回収できるシステムが完成され、微小地震および人工地震観測を日本周辺で展開して海溝軸から沿岸にかけての構造不均質、地震活動について多くの知見を得てきた。
 また、発生した海域大地震についてはその余震観測を日本海も含め行ってきた。M7クラス以上の浅発地震は、これまでの計画中ほとんど海域で発生しており(65-97年に24個)、陸上観測による成果と合わせて震源過程の特徴、常時活動との関係、テクトニクスの意義などの理解は大きく進んできた。
(基本方針)
 以上のような現状認識のもとに、プレートの収束・変形を実測し、プレート境界の断層上の振る舞いの3次元的な現場モニターを確立し、個々の震源域について地震発生準備過程を、応力・歪場の変動とともに詳細に追跡できるようにする。そのため、1)地震発生場の把握、2)プレート移動・変形場の推定、3)断層近傍の挙動の理解へと順次計画を進める。焦点となるのは3)であり、テストフィールドの選定(5年程度)、地震の先行現象発生原因への接近( 10年程度)が重要である。達成目標としては、5カ年で空間的不均質のモデル化(大地震のセグメンテーション、地震活動と構造を関連づけ、断層面上のアスペリティ分布の推定)、10カ年で時間的変動のモデル化(地震発生場の間欠的地殻変動の観測、断層強度変化の把握)をめざす。

<研究課題>

(a) 地震発生場の把握「どこがどのような大地震となるのか?」
 海域大地震の破壊領域は、陸海両域にまたがることを認識しなくてはならない。そして、何が地震発生場を決めていて、何が破壊の開始・進行・終了点を決めているのか、観測による検証が可能にならなければならない。たとえば、プレートは海溝軸からはきわめて低角度で沈み込んでいるが、沿岸との中間で屈曲する例が多い。地震発生ゾーンの深さ方向の下限、上限と合わせて、このような構造変化点がアスペリティやバリアになる例が多い。そこで、プレートの幾何学をはじめ、発生場の構造をさらに詳しく把握する必要がある。とくに次の2つのテーマは重要である。

1) プレート境界上の摩擦すべり特性にとって最も重要な境界面近傍の性質と流体の役割について解明すること。その際、震源断層の下限は陸域にかかっているので、陸上からの観測も有効である。
2) 大地震の破壊領域はセグメント化されている。このセグメント化を特徴付けるものは何か、その物理的性質を明らかにすること。

 これらの解明のために、地震発生ゾーン(海溝近傍から沿岸内陸まで)において、地形(解像度10m以下)、断層の3次元分布(型、すべり面の位置)、数100m以下の解像度の地震構造(速度、反射係数、密度)、比抵抗構造、2次元的温度構造、レオロジーモデルなどを求め、地震活動や過去の大地震との関係を調べる。
 海域大地震はプレート境界型だけではない。余震分布の複雑さから見て、日本海の地震発生域の不均質度は太平洋側より大きいか、顕著な弱面が発達していないと考えれる。また、プレート境界の地震でもプレート内部型が見つかっている。このようなプレート間のすべり面からはずれる地震の役割を理解することも必要である。

(b) プレート移動・変形場の推定
 歪速度場が陸上のGPSから実測されるようになり、プレートカップリングが推定できるようになった。プレート境界は弱いので、応力場の変化は地震メカニズムの変化をもたらす可能性がある。また歪変動場は、プレート境界地震をよく反映することがわかってきたが因果関係はまだ不明である。
 重要なことは、海溝近傍のプレート収束と陸側の変形との関連、間欠的なプレートのすべり(安定すべり、スロー地震)の地震サイクルへの影響、そして地震空白域とすべり特性(たとえばカップリング領域)との関連などの定量モデル化を進めることである。
 そのために今後10年間で、プレート収束の推移とすべり面直上での地殻変動を海域で把握できる技術を確立する。そして、(a) による成果を基礎に、陸上のデータと合わせて、ダイナミックなモデルを構築し予測を行う。

(c) 震源断層の近傍の挙動理解
 (a)、(b)により簡単な地震準備過程モデルを構築し、断層近傍で観測される地殻活動の何が本質か検証する。そのためには、流体の役割をどのように定量化できるか、摩擦すべり特性の時空間変化をどうすれば推定できるか、といった問題を解決しなければならない。これらは内陸の地震の場合と共通の課題でもある(3.1.2 (A)の研究課題 (e)参照)。
 流体の間隙圧が高ければ、岩石強度を弱める。水の存在は、鉱物の化学変化に寄与し、すべり面上の摩擦特性の変化あるいは流体の経路、移動の時定数に影響する。深部起源の流体移動の証拠が捉えられている例があり、すべり面の安定すべりの部分において高い間隙圧の存在も実測されている。したがって、流体の時空間変化と岩石-水反応を明らかにし、それを摩擦すべり特性の変化に結びつける方法を開発することが重要である。そして、局所的変動が周りにどのような観測可能な変化(たとえば海底の電磁場変動、湧水の化学成分の変化)を与えるかを推定し、検証しなければならない。
 地震学的には、断層面にトラップされて伝わる波動が捉えられているが、これを海底で実現すれば、トラップ波から断層面の時空間特性の推定が可能である。断層面からの反射波強度分布も面の結合状態の情報を与える可能性がある。

<フィールド>

(a) 東北沖
 プレートの沈み込み速度が日本周辺で最大(約10 cm/yr)で、日本海溝沿いは地震活動が高いこと、大地震のスリップ量だけではプレート沈み込みの30%程度しかまかなっていないこと、30年程度の再来期間でスロー地震を含めた応力解放が過去続いたことの4点から、準備過程の理解にもっとも短期的に成果が期待できる海域である。電源供給、データ回収を長期に可能にする釜石沖ケーブルが存在し、その先端は、プレート屈曲部を超えている。破壊は、浅部から開始する例(1968年十勝沖、1994年三陸はるか沖)があることや定常的地震活動クラスターの存在が特徴的である。詳しい調査によると、破壊領域は、千島海溝、南海トラフ域ほど明瞭にセグメント化していないように見える。

(b) 南海トラフ(東海沖)
 前兆地殻変動が報告されている1944年東南海地震ですべり残した部分がM8クラスの地震を発生させる可能性がある。巨大な内陸地震(1891年濃尾地震)や銭州海嶺の存在が応力蓄積過程を複雑にする要因(約4 cm/yrの収束をどの範囲で消化しているか)との指摘もある。推定断層面の海側延長部には多くの活構造(プレート境界の派生断層)が海底に見出されており、深部からの冷湧水が確認されていることから、地震発生面のプロセスの情報をある時定数の遅延をもって伝送している可能性がある。

(c) 南海トラフ(南海道)
 前兆が報告されている1946年南海道地震の再来があればM8クラスとなる。44年の地震との境界には構造的不均質が見出されているが、破壊開始点でもあった可能性がある。常時地震活動が低く、ほとんどプレートは固着していると推定される。四国の内陸側の地震は沈み込みによる圧縮場を反映しておらず、観測される歪変動場と地震応力場は異なる。

<他の計画との連携>

 国際深海掘削計画では、釜石沖陸側斜面に2点長期地震・地殻変動観測孔を設ける。地震発生ゾーンの直上に位置するので、プレート沈み込みに伴う現場観測のみがもたらすことのできる新しい情報が期待される。同様に南海トラフでも流体移動の役割研究に主眼をおいた長期観測孔が設けられる可能性もある。一方、既存の海底ケーブルを利用するVENUS観測計画も進行中であり、琉球海溝に観測点が設置される。リアルタイム観測の利点は陸上テレメータシステムが立証しており、海域は同等以上に重要である。設置に関しては、技術開発、配置デザインなど慎重に進める必要がある。地震発生「現場」の物性、地殻変動、間隙水の挙動のモニターが望まれるが、南海トラフでは10km掘削によって可能であり、三陸沖では津波地震発生域に達する。国際共同によりそのような掘削機能を持った掘削船の建造が日本の主導で計画されている。