3.1.2 地震発生準備過程の解明

(A) 内陸地震の準備過程

<はじめに>
 内陸の大地震の多くは過去何度も動いた履歴をもつ活断層上で発生している。そこでは、「地震発生〜余効変動・断層クリープ〜固着・応力蓄積〜臨界状態〜地震発生」といった地震サイクルがある。活断層のトレンチ調査によると地震サイクルの再来期間は千年オーダーである。したがって、一つの震源域にのみ注目して全過程を解明しようとすると気の遠くなるような観測計画が必要となる。しかし、島弧全体の範囲を見渡すと、いろいろな段階にある活断層がお互いに相互作用し合いながら共存している。このことに依拠して研究を進めることが重要である。
 内陸地震の発生メカニズムについての従来の考えは、弾性体の上部地殻の中に弱面(断層)が存在し、ここにプレート境界のカップリング力に起因する応力が加わり、やがて強度の限界に達して弱面がずれる、というものである。しかし、地震発生域を断ち切るような内陸の大地震を対象とする場合、そのような上部地殻の弾性変形だけでは地震の起こり方や地殻活動を説明できない。たとえば、内陸の大地震は一般に単発的であり、隣接領域に引き続いて大地震が発生することは稀であることや、大地震で解放される歪みは地殻変動データから得られる地殻歪みの経年変化と必ずしも一致しないことなどの事実がある。これらは塑性的な下部地殻を含めた地殻全体の活動を考慮することによって初めて統一的に理解できるものと考えられる。
 ここでは、余効変動から臨界状態に至るまでの準備過程を対象とする。準備過程の進行を特徴づけるパラメータは地震発生域の断層の強度と応力である。この強度と応力の相対値を直接または間接的に把握すること、および、それらの変動を規定している震源域周辺の微細構造と物理的化学的過程を解明することが目的である。
(断層の深部構造)
 断層に加わる応力は主に下部地殻の流動変形に支配され、強度は地震発生域の環境条件(温度、水圧など)に支配されていると考えられる。したがってまず、断層の深部構造と状態について調べる必要がある。
 上部地殻と下部地殻の境界は脆性−塑性遷移領域と呼ばれるが、その深さは第一義的には温度構造で決定される。温度分布の水平的な不均質は、脆性−塑性遷移領域の深さの水平的な変化をもたらし、上部地殻の応力集中に影響をおよぼす可能性がある。脆性−塑性遷移領域が深いところが大地震の破壊域となり、遷移領域の急変するところが大地震の震源になっているとの指摘もある。
 最近の研究で、地震発生域の下にS波の反射面があることが分かってきた。そこはS波を反射することから摩擦は小さいはずであり、差応力が加わればすべり面として働き、上部地殻に応力集中あるいは強度低下をもたらす可能性がある。反射面の原因として流体の存在が示唆されており、上部地殻への水の供給源となる可能性もある。一方、地質学的な考察から、上部地殻の断層の下部延長が水平的なdetachmentに移行するという考えがある。岩石実験データからも、下部地殻では断層岩の粒径が小さいため超塑性流動を起こしやすく、そこが集中的に変形することにより地震発生域に応力集中を起こす可能性のあることが示唆される。つまり、断層は上部地殻の既存のすべり面だけではなく下部地殻への延長部を持ち、それが水平的なdetachment構造に移行している可能性がある。これらをまとめると、脆性的な上部地殻、流動的な下部地殻、および、その中間領域といった震源域構造モデルが描かれる。
(断層とその延長部のレオロジー)
 断層面の物性や環境条件を知るためには、実際に対象まで掘削を行い、そこの環境条件を測定するとともに、物質を採取して、現位置と等価な環境条件で実験を行って、断層岩の流動特性および摩擦すべり構成則を求めることが重要である。近年岩石変形実験では、摩擦および流動の構成則に関する重要な発見があり、それらを活用して、地震サイクルの数値シミュレーションも始められた。しかし地震サイクルにおける断層の強度回復についてはまだ明らかにされていない。大地震発生後に余効変動が観測された例もあり、断層によっては固着する前に長期間にわたってクリープを起こしている可能性もある。もし断層の強度回復がゆっくりしたものならば、断層クリープの観測から地震サイクルにおける準備段階の位置づけが可能であろう。
 断層の強度は地震発生域の環境によって決められる。水の効果などにより強度が低下したり、断層物質の時間的な変化や高温焼結による強度の増加も考えられる。これに関連し、detachmentや断層の下部延長は上部地殻への水の供給源としても重要である。変成作用等に起因する下部地殻の水が、それらを通って地震発生域に上昇し、強度低下を起こす可能性がある。また、上部地殻内の断層において、断層帯中の水がシールされ、断層帯のcompactionとともに高圧水となり、断層の強度を著しく下げるという可能性もある。
 以上のような様々な可能性を念頭に置き、地震の準備過程を特徴づける強度・応力状態を把握するための研究課題を提案する。

<研究課題>

(a) 断層下部地殻延長とdetachmentの形状、断層帯の物性や運動形態の解明
 断層への応力蓄積過程の解明のために、断層の深部構造やdetachmentの幾何学的な形態を明らかにする必要がある。下部地殻を対象とする反射法探査、S波の反射波など自然地震の波形解析、電気伝導度構造の探査などにより、深部構造が明らかになると期待される。断層帯の物性については、ボーリングを活用する方法のほかに、地震の波形解析が有効である。運動形態の解明のためには、断層に直交する測線でのGPSのアレイ観測、歪み計や傾斜計による地殻変動連続観測が有効である。

(b) 地震発生域の断層の応力の推定
 地震発生域の応力に関しては、地震発生域内で直接測定を行うことはもちろん、そこでの直接測定結果を基に、地表近くの応力測定および地震波形やメカニズム解のデータから、地震発生域の応力を推定する方法を開発することが重要である。地震発生域内での直接測定は限られたところでしか行えないからである。また、この場合にもGPSと同様に、断層と垂直に測線を設け、応力のアレイ測定を行うことが重要である。これにより、地表付近の緩和の効果を把握して、深部の応力を推定することができる。

(c) 断層の強度の測定
 変形率変化法により、地震が起こった後に地震発生時の応力を測定する。これにより断層の強度を推定する。この場合、地震発生後数年以内にコアを採取することが必要である。また、水圧破壊法などにより地震後に測定した結果と地震による応力変化量から、地震前の応力の絶対値を推定することができる。これらにより、断層の強度の最大値を推定することができる。
 強度の時間変化、とくにその絶対値を測定することは原理的に難しいので、相対変化を捉えることを試みる。断層に加わる有効法線応力(法線応力と間隙水圧の差)と断層の摩擦係数の時間変化から推定する方法が有効である。

(d) GPSによる地殻水平歪データの解析
 GPSにより計測されている地殻水平歪から応力変化を抽出できれば、準備過程の解明に非常に有効である。実際に観測される日本列島の歪場は、これをプレートの相対運動による弾性歪や下部地殻からの応力集中だけでは完全には説明できない。このことは列島内部で非弾性変形(地震発生域の断層クリープやバルクな塑性変形)が発生していることを示唆している。このような非弾性変形の存在は、内陸の地震発生予測にとっては非常に重要な問題である。なぜなら、非弾性変形している領域では応力集中が発生せず大地震が起こらない可能性が高く、逆にその周辺には応力集中が起こることが予想されるからである。
 非弾性的な歪みの識別については数学的手法の開発が期待される。また、地形地質的な手法を用いて長期にわたる非弾性変形を把握することにより、日本の内陸のどこで非弾性的な変形が発生しているか明らかにすることも重要である。非弾性的な歪みが水の効果である可能性もあり、トモグラフィーによるVp/Vs構造や、重力や電磁気的な構造把握が必要である。

(e) 地震発生域の断層帯の物質や物性、水の挙動の解明
 断層の強度の時間変化を知るためには、断層帯を構成する物質の物性変化を明らかにする必要がある。その第一歩として、断層帯の物質とその状態を知ることが重要である。そのために、ボーリングによる直接探査の他、トラップ波の解析、地震波による探査や反射波の解析、電気伝導度構造、精細なトモグラフィーや、余震分布・メカニズム解の解析が有効である。これらについても、応力と同じく、ボーリングデータとの関係を明らかにして、地表で得られるデータから深部の状態を推定する手法の開発が重要である。地震波トモグラフィーによるVp/Vs構造は、地下の流体の分布の推定に特に有効であろう。
 次のステップとして、これらの項目の時間変化、特に地震前の変化を明らかにすることが重要である。大地震直後は断層帯の物性やその状態が大きく変化することが期待される。また、最後の地震からの経過年数が異なるいろいろな断層において、稠密GPSによる地殻歪み速度を測定し、断層の固着度の違いを検出することも重要である。

(f) 臨界状態の解明
 準備過程の進んだ段階では応力と強度の差が小さくなり、その差を定量的に捉えることが難しくなると予想される。このような場合、応力と強度の差を敏感に反映する現象を捉えて、準備過程の最終段階(臨界状態)を把握する必要がある。このような観点から以下の現象の解明は重要である。

・地球潮汐による小さな応力変化や注水による微妙な間隙水圧の変化による微小地震活動パターンの変化
・大地震発生に向かって震源域周辺で地震数が加速的に増加する現象
・空白域・地震活動の静穏化・前震など、地震活動パターンの変化

<フィールド>

(a) 長野県西部地域
 内陸地震の準備過程に関しては分からないことが非常に多く、まず、その定常的な状態について、観測に最も適したテストフィールドで徹底的に調査研究することが重要である。長野県西部地域は断層が存在し、しかも下部地殻が非常に浅いことから、最適のテストフィールドといえる。

(b) 内陸の巨大断層
 阿寺や跡津川のように巨大な断層の特性を明らかにする観測も極めて重要である。とくに、最終活動時期が異なり地震サイクルの中で異なった段階にある断層を調査し、その比較を行うことが重要である。
 濃尾地震や糸魚川-静岡構造線の一回の地震の断層変位量に見られるように、さらに巨大な内陸の地震は大きな変位量を持つ傾向がある。その解釈として、巨大な内陸地震の断層は、応力降下量が大きいか、応力降下量は同じだが地震発生域の幅が大きいことなどが考えられる。これを解明することは、これらの巨大な地震の予測のみならず、内陸地震の準備過程の統一的なモデルを作り上げるためにも重要である。

(c) 内陸の地震帯
 日本列島の地殻には多くの地震帯が存在しており、既知の活断層と対応しないものも多い。これらの地震帯では対応する過去の大地震が知られていないものもあるが、一方でその地震帯内での静穏域で地震の発生した事例もいつくか存在する。このため、内陸地震帯での地震活動の詳細と地殻媒質物性とその時間的変化の関係から、内陸地震帯形成と地震発生メカニズムを解明することが重要である。