3.1.1 日本列島域の長期にわたる地殻活動の解明

<はじめに>

 日本列島は、太平洋・フィリピン海プレートといった海のプレートが、北米(オホーツク)・ユーラシア(アムール)プレートといった陸のプレートの下に沈み込む場所に位置する。そこでは、冷たいプレートが沈み込む海溝と背後の熱い火山帯に象徴されるように、熱的にも力学的にも大きな不均質場が存在する。このような不均質場にある日本列島には、4つのプレートの相対運動に起因する応力が時間的空間的に揺らぎながら蓄積され、弾性及び非弾性的変形が生じている。日本列島で発生する地震は、このようなプレート収束境界域のテクトニック応力のひとつの解放過程として理解される。
 本計画で予測の対象とするような規模の大きな地震は、海溝沿いのプレート境界や内陸の活断層といった既存のすべり面で繰り返し発生している。したがって、地震発生に至る全過程の理解のためには、まず4つのプレートの相対運動によって供給されるテクトニック応力がどのようにプレート境界や内陸活断層などの既存のすべり面に配分されていくかを解明する必要がある。そのための研究課題を提案する。

<研究課題>

(a) 日本列島周辺におけるプレートの相対運動の解明
 日本列島周辺の4プレートの運動については、GPS等の宇宙技術を用いて、かなりの精度(年単位の水平速度ベクトル決定精度2〜3mm/年)でその相対運動が決定できるようになってきている。例えばフィリピン海プレートの運動を例にすると、従来はグローバル運動モデルを介在して、海溝沿いに発生する地震のスリップベクトルをデータにして間接的に求められてきたが、フィリピン海プレート上でのGPS観測点の展開によって直接その運動が求められるようになってきた。しかし、太平洋プレートに関してはマーカス島(南鳥島)で観測が始められたところであり、グローバルモデルを用いているのが現状である。千島・日本海溝から沈み込む太平洋プレートの運動の詳細を知るためには、千島・日本海溝を越えた太平洋プレート上での海底地殻変動の観測が重要であり、このため海底GPS装置等の開発を行う必要がある。また、日本列島は北米プレートとユーラシアプレートに属すると考えられていたが、最近オホーツクプレートとアムールプレートに属するという考えが出されている。これらのプレート運動や境界の詳細を決めることは日本列島における西側からの応力供給源を考える上で重要であり、ユーラシア大陸内にGPS稠密アレイを構築する必要がある。また、日本海東縁でのプレート運動の詳細を探る上では、日本海での海底GPS観測が必要である。

(b) プレート境界における応力蓄積過程の解明
 プレート間のカップリング(結合状態)はそこでの応力蓄積再配分過程に直接関っているのみならず、島弧内へのテクトニック応力の伝達にも大きな影響を与える。カップリングの性質は沈み込むプレートの形状やプレート間の相対速度などにより影響を受ける。下表1に、日本列島周辺の3つの沈み込み帯の比較を示す。この表からわかるように、プレート間カップリングの様式は場所により大きく異なる。
 この相違を理解するには、沈み込むプレート境界の形状、プレート境界におけるセグメント構造、各セグメント内における境界面の凹凸や流体の分布といった、様々なスケールでの不均質構造の調査が必要である。このため、屈折法と反射法を組み合わせて用いる制御震源の特性を活かした探査やトモグラフィーによる3次元不均質構造探査を行う。また、応力状態やプレート境界の動的特性を知るためには、長期の海底地震観測による微小〜中地震活動の分布・発震機構の把握と構造探査を有機的に組み合わせることが重要である。 さらに、GPSと音響測距を連結した海底測位計や海底での地殻変動観測の実現により、海溝から陸にかけてのプレート境界面直上における地表変形場を捉えることにより、プレート境界面における固着・すべりの状態の時空間発展の詳細をモニターする必要がある。
 カップリングを支配している要因として熱的構造の解明も重要である。熱流量データの拡充や電磁気的手法およびVp/VsやQ構造から熱的構造を推定する必要がある。

表1 カップリングに関係した特徴の比較

沈み込み帯日本海溝南海トラフ琉球海溝
プレート形状滑らか複雑急傾斜
相対速度10cm/yr4-5cm/yr5-7cm/yr
地震発生効率約30%ほぼ100%ほぼ0%
カップリングの下限の深さ50-60km約30km-
巨大地震の繰り返し間隔数10-100年100-150年-

 

(c) 内陸活断層帯における応力蓄積過程の解明
 プレート間カップリングのモードは、そこでの応力蓄積再配分のみならず、島弧内へのテクトニック応力の伝達にも大きな影響を与える。これまでの研究により、多くの活断層の活動履歴が明らかにされ、一つの活断層では千年を越える繰り返し間隔が得られている。プレート境界での巨大地震の繰り返し間隔が百年程度であるのに比べると内陸活断層に発生する地震の間隔は一桁以上大きい。プレート境界と内陸地震の応力降下量が一桁以上も違うことはないと考えられるから、内陸活断層における応力蓄積速度はプレート境界よりかなり遅いと予想される。
 このような内陸活断層系の遅い応力の蓄積過程を解明するためには、まず、当該領域における大局的な構造(すなわち、地殻の性状、脆性・延性領域の分布、沈み込むプレートとの位置関係等)を明らかにしなければならない。そのためには、制御震源を用いた構造調査や高密度地震観測或いは基盤観測網等を用い、少なくとも10km程度の分解能を持つVp・Vs・Qのトモグラフィー探査を行う必要がある。また、反射法探査、稠密な地震観測、GPS観測及び地殻変動観測によって、活断層及びその延長部の詳細な構造や物性、固着・すべりの時空間分布を求める必要がある。その際、観測される変位・歪み速度場をブロック間の相対運動によって評価しようとするブロックインバージョンの手法も有効である。
 一方、地震発生域を規定している要因として、熱的構造の調査が重要である。このため、プレート境界域の場合と同様、熱流量データの拡充や電磁気的手法及びVpやQ構造から熱的構造を推定する手法を確立する必要がある。

(d)地質時代・先史時代・歴史時代にわたる大地震の繰り返しと応力変動の研究
 計器を用いた地殻活動の観測データはせいぜい百年分しかない。これに対し、我々が研究対象としている大地震は地質学的スケールにおいて何度も繰り返した活動履歴をもつ。このような過去の地震発生の履歴は大地震の発生サイクルの理解にとって決定的に重要であるのみならず、現在進行している歪みや応力揺らぎを地震発生と関連づける上でも重要である。
 これまでの研究により、内陸大地震の多くは既存の活断層で起こっていることや、震源断層のメカニズムが活断層のそれと調和的であることが知られている。このことは、少なくとも過去数10万年ぐらいの間、島弧の応力場は変化していないことを意味する。そこで、活断層・地震痕・津波堆積物にたいする地形・地質学的および考古学的研究、さらには史料に基づく文献史学的研究により、海域も含む日本列島全域の主な活断層・活褶曲などの活動履歴を調べあげ、それらを集大成して、1つの基準モデルとして整理する。これにより、現在進行している地殻変動が地質スケールの変動とどのような整合性をもつのかを検討することができる。
 モデルの構築に際しては,単に活動時期に注目しただけでは応力変動を検討するためには不十分であり,各イベントの際の変位量を解明し、従来から提唱されているcharacteristicモデルやtime-predictableモデル等を検証する必要がある。このような検討を十分行った上で初めて、各活断層の準備期間(最後の活動から現在までの期間)の違いがその周辺の応力状態の揺らぎと関係があるかどうかを調べることができる。これは次小節 3.1.2の地震の準備過程の評価にとっても有効な基準モデルとなる。

(e) プレート境界から内陸への応力伝達ならびに断層間相互作用の解明
 内陸の大地震の起震応力の主軸は多くの場合プレートの沈み込みの方向とは一致しない。このことは、プレート境界から内陸活断層への応力伝達機構に、沈み込むプレートの形状や島弧の変形、さらには下部地殻・マントルウェッジ内部の流動などが関わっていることを示唆している。
 実際に下部地殻やマントルウェッジに流動が存在するのか、また存在するとしたら、どのような流動パターンをもっているのかなどについて、地殻変動データや地震の発震機構などから推定される応力状態と関連づけて調べる必要がある。また将来的には、流動域に達する深部ボーリング等の技術開発を行い、流動特性を直接測定することも考えるべきであろう。
 上記のモデルでは、プレート境界から島弧内陸への応力伝達を考えたが、逆に内陸地震がプレート境界に及ぼす影響も小さいながらあろう。また、プレート境界地震同士や内陸地震同士の相互作用も存在するであろう。こういった影響を見るには、活断層調査を整理して、個々の断層の地震サイクルや複数の活断層を比較検討して活断層帯および活断層系における地震サイクル、さらには活断層帯同士の相互作用等についての知見を得る必要がある。

(f) 地殻活動の長期シミュレーションモデル
 上に述べたように、プレートの相対運動に起因する地殻内応力再配分過程には、多くの不確定性がある。地震発生の場および状態に対する情報が圧倒的に不足しているのが原因である。こういった場合、モデルパラメータの有意性を調べるためにコンピュータシミュレーションの技法も重要となる。
 たとえば以下のようなモデリングが考えられる。地震発生場として、沈み込むプレートと内陸活断層の深部まで含めた三次元形状と分布を置く。その際、すべり面における摩擦構成則およびその環境依存性のパラメータ分布を与える。これに温度構造に支配される地殻・マントルの粘弾性特性を加えて、日本列島規模でのモデル空間を構築する。そこで、プレート相対運動といった運動学的境界条件を入力すると、プレート境界面での固着・不安定すべり、さらに下部地殻・マントルウェッジ内での流れがシミュレートされ、内陸活断層での応力蓄積の様子が出力される。説明すべき観測量としては、プレート境界や内陸活断層における地震発生時系列(発生様式まで含めて)、地表の変位・歪み速度、発震機構その他から推定される応力場等である。
 領域としては、東北地方とか西南日本等のリージョナル・モデルから出発して、日本列島全域にわたるシステムを構築していくことになる。その際、超大規模並列計算に耐えうる強力なコンピュータリソースを必要とする。また、コンピュータソフトウェアの開発には情報工学からの支援が必要である。これらはいわばフル・モデルであるが、断層間相互作用等の研究には、相互作用のエッセンスをある程度抽象化したシミュレーションにより、日本列島全域の地震活動を扱うような工夫も必要である。