第2章 計画の概要

 

2.1 理念と目的

 本研究計画は、大地震(被害地震)の発生を予測するシステムの構築をめざすものであり、工学、行政、市民社会などへの成果の還元と情報交換を通して、地震災害軽減へ貢献することを目標とするものである。
 プレート沈み込み帯に位置する日本列島周辺の地殻と上部マントルでは活発な地球内部の活動によって、絶えず様々な時間・空間スケールでの応力の蓄積と解放が起こっている。このような地殻活動の中で、地震は蓄積された応力が断層運動によって急激に解放される過程で発生する。これらの地震の発生を予測するためには、応力が十分に蓄積していながらまだ地震が発生していない状態(準備過程の最終段階)にある場所とそこで進行している地殻現象を検出する必要がある。その検出には破壊現象の直前だけに着目するのではなく、地震発生に至る地殻活動の全過程を地殻現象の観測によって把握し、その推移を逐次予測して検証して行くことが必要とされる。このことは、もし一つの震源域にのみ注目して考えるならば、気の遠くなるような観測計画を意味するが、活断層が過去何度も発生を繰り返してきた活動履歴を持つことや、日本列島全域を見渡せばいろいろな段階の活断層が共存していることなどに依拠するなら、現実的な期間内で実現可能な研究課題と成りうる。本研究計画は、このような地殻活動の全過程の推移の予測・検証を通して、地震発生準備の最終段階を検出することをめざす。そのため、充実した観測網により、地殻及び上部マントルの状態と活動をリアルタイムで把握し、より対象を絞った特別観測と併せて、地震の準備過程とその最終段階を予測するシステム(「地震発生総合予測システム」)を開発して、その実効性の検証を行う。
 総合予測システムの機能は、「定量的かつ能動的な推移予測」によって特徴づけられる。これは、日本列島とその周辺を対象に、大地震の発生準備の最終段階にある場所を10年程度の予測幅で抽出し、さらに地震発生時の強震動分布の予測を行うものである。10年という期間は、プレート境界地震の全準備期間の約10%、内陸地震のそれの約1%に相当し、その間に期待される震源域周辺の歪変化量は今後のGPS観測体制の整備によって捕捉可能な大きさである。
 このような予測は災害軽減のための行政的な施策に有効であるだけでなく、地震発生が予測される場所での、高密度・高精度の多項目集中観測体制の整備への引き金ともなり得る。この集中観測体制は、観測網を張り巡らして異常発生を待ち受けるという受動的な体制ではなく、地震発生に至る地殻の準備過程を逐次定量的に予測・検証することによって、予測幅を徐々にせばめ、信頼性を高めていくという能動的かつ自己成長的な性格を持つ。総合予測システムにより逐次明らかにされる地震発生前の地殻活動の推移は、災害軽減に向けた行政的な施策にも適宜反映されることが期待される。

 

2.2 基本課題

   本研究計画では、総合予測システムを作り上げるために、1) 地震発生に至る地殻活動の全過程と、その過程に伴って現れる種々の地殻活動現象の発生メカニズムの解明のための総合研究、2) 絶えず活動を続ける地殻の状態と活動を常時観測し、その推移予測のための基盤となる地殻活動モニタリングシステムの高度化、3) 地殻活動の過程で発生する地殻現象を高精度で検出するための観測システムの開発、および常時観測網からのデータに基づいて地殻活動の過程を定量的に予測するためのシミュレーションシステムの開発、を推進する。これらの3つの基本課題の概略について以下にまとめる。

2.2.1 地震発生に至る地殻活動の全容の把握

(1) 日本列島域の長期にわたる地殻活動の解明
 時間的には地震の発生から次の地震が起こるまでの準備期間を通じた地震サイクルの全期間と、その地質学的な時間スケールでの繰り返し、空間的には日本列島とその周辺における上部・下部地殻と上部マントルの全体を一つのシステムとしてとらえる視点に重点をおき、プレート沈み込みに伴う地殻活動とその過程で発生する地震との関係を解明し、地震発生予測に結び付ける。震源域スケールで準備過程の進んだ段階にある領域を抽出することをめざす。そのため、 (a) プレートの相対運動、(b) プレート境界における応力蓄積過程、(c) 内陸活断層帯における応力蓄積過程、(d) 地質時代にわたる大地震発生の履歴、などの解明を研究課題とする。

(2) 地震発生準備過程の解明
 震源域での応力蓄積から地震発生に至るまでの地殻活動を対象とする。この課題においては、内陸地震、プレート境界地震等の特性を考慮した上で、それぞれの大地震発生領域を対象とする研究が重要となる。そのため、集中共同観測のためのテストフィールドの設定が効率的である。準備過程の進展を表す指標として応力と強度の変化を把握することをめざす。主な課題は、(a) 断層の下部地殻延長の構造や断層帯の物性の推定、(b) 地震発生域の断層の応力の推定、(c) 断層の強度の測定、(d) GPSによる地殻水平歪データの解析、(e) 地震発生域の断層帯の物質や物性、水の挙動の解明、などである。

(3) 地震直前過程の解明
 地震発生の”直前”とは、地震の始まりの場所で局所的な応力解放と応力集中が生じている状況である。この臨界状態の把握とその状態で発生する地殻現象を観測して、地震発生過程との関係を解明し、予測精度の向上をめざす。主な課題は、(a) 前駆現象の発現機構解明のための観測研究、(b) 前駆現象検出のための観測手法の開発と高度化、(c) 動的破壊の開始に至る過程に関する実験的・理論的研究、などである。

(4) 震源過程と強震動生成メカニズムの解明
 急激な破壊の進展による地震波の放出過程(震源過程)から地表での強震動の発生、および、余効変動などによる地震後の局所的応力再蓄積過程までを対象とする。主な課題は、(a)断層面上の不均一応力変化と強度分布の把握、(b)強震動生成メカニズムの解明、(c)余効変動と地震後の応力再調整過程の解明、(d)余震や群発地震の解明、(e)不均質構造を考慮した強震動発生シミュレーターの開発、などである。

2.2.2 地殻活動のモニタリングシステムの高度化

(1) 広域地殻活動モニタリングシステムの整備
 地震国日本においては、絶えず活動を続ける地殻の状況を常時把握し監視することは、国が行うべき基本的な事業である。国の関係機関により整備が図られつつあるGPSと各種地震計の基盤的観測網の成果は、本研究計画の実施に不可欠な情報源である。本計画では、予測システムの構築に必要な観測項目を追加し観測網の総合化を計ることや、観測データの効率的な利用のためのデータベースと情報処理システムを構築することが課題となる。観測網に関しては、陸域の観測網の整備に加えて、日本列島を取り巻く海底での広域観測網の整備が望まれる。

(2) 特定地域の地殻活動モニタリングシステムの充実
 大地震の発生が予測される領域において、高密度の集中モニタリングシステムを構築することが課題である。密度の高い観測網による予測システムの実践の場を提供する役割も持つ。とくに、プレート境界で起こる大地震を対象とした集中観測地域としては、プレート境界が陸に近く、他の地域に先駆けて観測体制が整備が進められてきた東海地域は重要な拠点となる。これに南海地域、三陸沖地域を加える。

2.2.3 地震予知のための手法と技術の開発

(1) 地殻活動予測シミュレーション手法の開発
 総合予測システムの中で数値シミュレーションは重要な役割を持つ。本計画で構築予定のシミュレーションシステムは、「地殻活動予測シミュレータ」、「総合データ・ベース」、「データ解析・同化システム」の3つの部分から成り、常時観測網整備の進捗状況に応じて逐次高度化され発展して行くものである。日本列島規模(広域・長期)および個々の震源域規模で地震発生に至る過程を追跡し、それぞれの空間・時間スケールに対応する階層的な予測シミュレータを構築する。

(2) 観測システム高度化のための新技術の開発
 プレート境界地震解明のために、海底にあるプレート境界近傍での集中観測網の展開が必要とされる。そのためには海底観測装置、とくに海底地殻変動観測システムの開発を早急に行う必要がある。

 

2.3 実施体制

 本計画を効率的に推進するためには、各機関がその機能に応じて観測および研究を役割分担するとともに、互いに協力して課題を調和的に進展させる必要がある。そのためには、国の関係機関、大学等の研究グループを包含し、本計画の推進を統括する機構の存在が不可欠である。また、多数の研究者の意欲的な参加を促進して、本計画の効率的に進展させるためには、計画の立案と評価の体制を整備し、立案、実施、評価のすべての段階において、開かれた体制をとる必要がある。