第1章 はじめに

 

1.1 本研究計画を提案するに至った経緯

 昭和40年(1965年)にスタートした地震予知計画は、本年度(1998年度)が第7次計画の最終年度である。この第7次計画の期間中には、平成7年1月に発生した兵庫県南部地震により大正12年関東地震以来の甚大な災害を被った。この地震を契機に地震防災対策特別措置法が制定され、それに基づいて地震調査研究推進本部が設置され、地震調査研究のための基盤的観測網の整備が進められている。
 このような地震予知計画に関わる状況の変化に対応して、測地学審議会では、これまでの30数年間の地震予知計画全体について総点検を行い、平成9年6月に「地震予知計画の実施状況等のレビューについて」という報告を行った。このレビューでは、これまでの地震予知計画について総括的な評価を行い、地震予知の現状を整理した上で、今後は「到達度の評価が可能な目標を設定して、それに向かって逐次的に計画を推進し、各時点での研究成果を社会に適切に還元していくことが必要である」としている。また、評価結果が計画立案過程に反映されるために、「立案・評価の過程の公開は重要である」としている。
 地震予知研究の推進に関わる諸問題については、日本地震学会や日本学術会議地震学研究連絡委員会等の主催する多くのシンポジウム等で、研究者間の活発な議論が行われてきた。しかし、これらの議論を、レビューに述べられたような開かれた形で、測地学審議会の次期計画(第8次地震予知計画)に反映していく機構は存在していなかった。そこで、レビューが出された直後の7月12日に、今後の地震予知に関わる計画を議論するために、地震研究所で研究者有志の会合が持たれた。この場にはおよそ50人の研究者が集まり、出されたばかりのレビューについての評価と地震予知に関わる計画が今後どうあるべきかについて率直な討論が行われた。そして、今後の計画の骨子となる研究計画の大枠と研究内容を検討するために、広く研究課題の提案を集め、ワークショップを開いて議論することとした。
 「地震予知研究課題ワークショップ」は、平成9年9月12日、13日の2日間、地震研究所で開催された。このワークショップには全国の大学や国の関係機関の研究者から62の研究課題が提案された。また、ワークショップ当日は、研究者を中心に約180人が参加し、これらの研究課題の発表を中心として、2日間にわたって極めて熱心な議論を行った。この際に提案された個々の研究課題については、すでに『新地震予知研究』(月刊地球特集号,1998)として出版された。ワークショップでの討議は、その後メーリングリストの中で活発に続けられ、最終的にこの『新地震予知研究計画』としてまとめられることとなった。
 なお、当初は研究組織体制についても検討する予定であったが、すでに多くの時間を割いていることから、今回のまとめには含めず、別途検討していくことにした。

 

1.2 地震予知研究に関する現在の状況

 日本は世界でも有数の地震が集中して起こる場所に位置し、地震による災害を過去に何度も被ってきた。このため、地震に対する社会の関心は高く、災害軽減への研究者の貢献が強く求められている。地震予知計画は、このような状況を踏まえ、地震予知計画研究グループが昭和37年に立案した「地震予知-現状とその推進計画」(通称『ブループリント』)に基づいて、昭和40年に国の地震予知研究計画としてスタートした。当初は、地震観測と測地測量を中心とした観測網、観測体制の整備が進められた。この計画はその後、5年ごとに策定する地震予知計画となり、第3次計画では2度の見直しによって、観測項目の多項目化がはかられるとともに、4次計画以降現在までの基本方針が確立した。
 当初方針に基づく地震予知の実用化という面では、十分の進展は見られなかったものの、地震予知の基本となる地震発生場に関する理解は、この30年間で格段に進展した。たとえば、プレート境界で起こる大地震が百年程度の繰り返し間隔で起こるのに対し、内陸の大地震はずっと長い千年程度以上の繰り返し間隔を持つことが明かとなった。また、地震の発生過程に関する理解も格段に進展した。大きな地震はほとんどの場合既存の断層に沿って繰り返し発生することが明らかになり、地震破壊の開始、成長、停止という震源での詳細な過程や、余効変動から応力蓄積の過程を経て、次の地震発生に至る地震サイクルの考え方が定着した。震源での破壊過程の詳細研究と室内実験等により、破壊の開始過程に関する理論的モデル研究が進展し、実際の地殻現象の観測によるモデルの検証が待たれている。
 地震が地殻や上部マントルでおこる現象であり、地震の発生に至るまでにはそこでの準備過程がある、という認識は重要である。この準備過程においては、地震発生場が熱的にも力学的にも極めて不均質であることが、そこに生起する現象に大きな影響を与えている。すなわち、地殻上部に地震が集中して起こり、その活動の下限が地殻の温度構造と関係していることや、地殻内の電気伝導度の低い場所と地震発生域が対応しているなど、地震の準備過程における応力場の変動に、温度、含水率、変形特性などの不均質が影響を与えていることが明かとなっている。
 このような地震発生場や発生過程の研究の進展は、新たな構想の下に、組織的かつ計画的な地震予知研究を推進すべき機が熟していることを示している。